小谷美紗子「PARADIGM SHIFT」スペシャルインタビュー

音楽がなくても情景が見えるような、文字だけで成立するものを選びました。

──曲としてリリースされていない詩が18編収められているということは、未発表詩はまだまだたくさんあるということですか。

●小谷:けっこうありますね。言葉をいっぱい書き溜めていたんで。スマホのメモとか紙とか。ノートに書くことはほとんどなくて、チラシとか、ビリって破った何かの紙の裏に書いてあって。コンビニのレシートの裏っていうのが一番多いかな。

──スマホはいいとしても、その書き留め方は危いですね。

●小谷:最近引っ越したんですけど、物を整理してたら昔の殴り書きみたいなのがいっぱい出てきて。「これ、けっこういいこと言ってるじゃん」っていうのを集めたりしました。

──そうはならず、見つけ出してもらえなかったものも。

●小谷:いるいるいるいる。ゴミ箱に入ったやつがいる。

──……。ノート、あげましょうか?

●小谷:あるんですよ、いっぱいあるんです。でも思いついたことを書くときって、そこらへんにある紙に書くから。

──……。そこまではいいとして、では書いた紙を置く場所を決めましょう。

●小谷:最近は「だいたいここら辺に」っていうのは決まってたんですけどねぇ。だんだん違うところに入れてたりしてたのが、引っ越しで出てきてるという。領収書とか請求書の用紙の間から出てきたり。なんでそんなとこに入れたのかもわからない。しかもけっこう強烈なことを書いてて。「これ、ちょっと」って、とっておいた(笑)。

──困ったもんですね。

●小谷:「あっ!」と思ったときは早く書き残すことを優先してるから。スマホが目の前にあったら、そこに残すんでしょうけど。でもね、そういうときって意外とスマホは遅いんですよね。やっぱりアナログのほうが早い。

── 一括シュレッダーだけは止めてください。

●小谷:ははははは。気をつけます。

──ここに収められているのは、そういうサバイバルから勝ち抜いた言葉たちということですね。

●小谷:紙の切れ端に書いてあったのは、今回は入ってないですけどね。そういうもののなかには詩集に入れればよかったなっていうのもありましたけど、見つけたのが後の祭りのタイミングだったので。それはまた別の機会ということで。ここにあるのはスマホに残していたか、ノートにちゃんと書いてたやつですね。

──そういう形で書きためていたものは何編くらいあったのですか。

●小谷:全部で30くらいだったかな。

──そのなかから詩集入れる詩を選ぶとき、何か基準のようなものはありましたか。

●小谷:「文字だけで成立するもの」ということで抜粋しました。だから「初めてお客さんに知ってもらうときに、これはメロディーがあったほうが印象がいいな」っていう詩は外しましたね。すでに曲にして発表した歌詞に関してもそうで。いちおう全部読み直して、「へぇ~、いいこと言ってるな」って自分で感心しながら、マネージャーや歌詞にこだわりがあるスタッフと一緒に選んでいきました。音楽がなくても情景が見えたり、意味がわかったり、いろんな想像ができるようなものを選んでいったかな。

──書くときは文字だけで成り立つかどうか、みたいなことは考えずに書いていくわけですよね?

●小谷:詩集を出すことが決まってなかったときはそうでした。だけど決まってからは、詩的な詩っていうことも頭のどこかに置きつつ書きましたね。

──「文字だけでも成り立つ」と思って書いたものはどれですか。

●小谷:『孤独の音が聞こえる』とか、短編詩はだいたいそうですね。『恋に落ちると馬鹿になる』『償い税』も文字だけでと思ったかな。逆にこれ、どうやって曲にするんだ?みたいな感じですね。

──今回のように、歌にしないかもしれない前提で書くのは初めてですよね?

●小谷:そうなんですけど、これも楽しいですね。できれば曲にはしたいんですけど、曲にならなくてもいいと思って書くと、「言いたいことを言ってやろう」みたいな気持ちが普段よりも強くなるかもしれない。

──ということは、いつも以上に小谷美紗子がそのまま出ているとも言えますか。

●小谷:そうですね。「これ、わざわざ曲にしてまで広めたくないな」っていうのも、あるっちゃ、ある(笑)。

──それ、どれなんでしょう?

●小谷:それ、言う?(笑)

──できれば(笑)。

●小谷:『小魚のワルツ』とか。でもワルツって言っちゃってるから、曲のモチーフとしては最高なんですよね。ところどころ変拍子のワルツにして、わりとアップテンポで。ちょっとジャズっぽアレンジなんかしちゃったりしたら良さげだな~と思うんですけど。言ってることはすごくパーソナルな、本当に吐き出して言ってやったみたいな。誰かのためにというよりは自分が楽になるための、個人的な歌詞ですね。逆に『恋に落ちると馬鹿バカになる』は曲にするのが難しい詩だと思うんですけど。これは世の中に向けて言ってて。母親が自分の子どもを連れて結婚して、新しい旦那が子どもを虐待した挙げ句に子どもが亡くなるっていう。そのことに対してちょっと一言いっときたかったので。でも他人事じゃないんです、自分もそうなる可能性はあるし。私も恋をすると、なんであんな恥ずかしいことしたんだろうと思うことがあるから、みんなにもありうることだっていうことを言っておきたいなと思ったんです。これはたぶん、なんとかして曲にすると思いますね。

──歌になったら、そうとうエッジの立った曲になりそうですね。

●小谷:エッジは立つと思いますよ。感情がすごく入ると思うんで。

──面白いですよね、言葉だけだと強烈なのに、それが歌になると和らいだり。逆にそれほど強烈な言葉ではないのに、歌になるとすごくエッジが立ってきたり。普段は言葉とメロディーと声が一緒になった状態で歌を聴いているので、その内の何かがない状態になると、いつもとは違うかんじかたをするなと。

●小谷:そう、そうなんですよ。歌は感情がすごいから。詩集は言葉っていう一要素だけだから。

──そういうことを、特にすでに一度、曲として聴いている歌詞を読んで思いました。

●小谷:なるほど、なるほど。歌詞だけで見ると、ずいぶん違うと思いました。例えば「『東京』とか、なかなかの歌詞ですね」って。ほほぉ~って思った。これはメロディーがあるぶん歌詞がちょっとまろやかになっているのが、メロディーがないことによって、すごく四角くエッジが立ってきた感じがします。文字だけになると変わりますよね。口頭だったら喧嘩にならないことが、メールだとトゲトゲしくなったりするじゃないですか。そういう違いがあるから面白いなって。

──逆に言葉だけになったら、柔らかく優しく感じるなと思った歌詞はありました?

●小谷:……なさそうだな(笑)。強いていうなら……『青さ』『すだちの花』かな。すごく強い歌い方や重たい歌い方をしてるものは、文字だけになったとき「わりと弱いことを言ってるんだな」みたいに感じるかもしれない。『青さ』は純粋に親友のことが好きなんだろうなって思えますもんね。

──歌い方でかなり違って感じられますね。

●小谷:自分の声が太いっていうのもあるので。もっと細くて掠れてるような声で、アコギとかで軽く歌うと、親友に向けた気持ちがそのまま出ると思うんですけど。私はピアノでドーンと重厚な感じになってしまうので(笑)。なるべく優しく歌ってはいるんですけどね。

──『すだちの花』もそうかもしれないですね。

●小谷:人との最大の別れというか、究極の別れを書いてるんですけど、これも歌がかなりゆったりしてて重たいかなって。

──またテンポ感ということも面白かったです。いつもは歌われているテンポで聴いていますけど、文字だけになると自分のテンポ感で読んでいけるので。テンポが早いか遅いかで、だいぶ感じ方が違いますね。

●小谷:なるほどね。それありますね。歌う場合もテンポとか、キーの高さで、同じ曲でも全く違う感じになりますから。そういう楽しみ方はあると思う。

音楽を作るなかで一番面白い、完成に至る過程を見てほしかったんです。

──そして詩集には基本1編の詩に写真1枚が添えられていますが、この写真はすべて小谷美紗子撮影。

●小谷:はい。文字だけじゃなく動物や自然の写真とかイラストを入れたいと思ったんです、誰かに頼んで。そしたらスタッフのほうから私が撮った写真のほうが詩に合うんじゃないかと言われて。詩を書いた私が何を見てるかを、お客さんは見たいと思うよって。「でもスマホで撮った写真だよ?」「それが逆にいい。生活のなかで撮ろうと思った写真なんだから」と。

──写真はよく撮るほうですか。

●小谷:主にTwitter用にですね。今回は詩集用に撮らなきゃと思って鎌倉に仕方なく行きましけど、デザイナーさんに写真を渡さなきゃいけない締切の前日に(笑)。でも結局、そこで撮った写真はちょっとで、ほとんどの写真はゆっくりゆっくり日々のなかで撮ったやつです。だからTwitterとかよく見てる人は「あれっ、載ってた写真だ」ってわかると思います。

──詩と関連してる写真もあれば、そうじゃないのもあって。

●小谷:そうなんです。デザイナーさんと一緒に選んだので。詩を書いてない人が、「この写真は、この詩だな」って思うものがあってもいいと思って。ちなみに『償い税』の写真は実家の前の田んぼです。年貢ということで、へへへへへ。

──3人の手の写真は?

●小谷:これはね、おばあちゃんのお見舞いに行ったとき、姪っ子と私とおばあちゃんの手を撮りました。なんとなく似てるでしょ。親指の付け根がぷっくりしてて。

──この詩集を読んで、歌詞に繋がっている文字の面白さに気づかされました。声や歌い方を知っているから「これを歌ったらどうなるかな」と思うし、知っている歌詞も文字だけで見ると「どんなふうに歌ってたかな。もう一回聴いてみよう」って思うし。失礼ながら文字だけで読んで「あれっ、優しいぞ、小谷美紗子」って思った詩も多かったです(笑)。

●小谷:そういう詩が多いかもしれない(笑)。やっぱり感情と一緒になって言葉がて襲ってくるような感じと、単体で言葉だけ伝わってくるのは、大きく違いますよね。あとね、飲食店とかで素材を見せてるお店があるじゃないですか。魚や野菜が綺麗に並んでて、それを見て食べる前に「あれ食べたいな」「これ食べたいな」「こんな料理になるのかな」って楽しんだりして。そういうのに、ちょっと近いのかなぁって。

──想像する楽しさ、ですね。

●小谷:曲を書くぞっていうときはすごい産みの苦しみというか、生活の中でいろんなこと感じてないとダメなんですけど。言葉やメロディーを試行錯誤しながら曲ができあがる瞬間は、本当に一番楽しいし面白いんですね。レコーディングもそうで。感情が入っていい演奏になった瞬間も、すごく面白いんです。そういう音楽のなかで一番面白いところをお客さんに見せられないなって、昔から思ってて。とはいえスタジオにお客さん全員は入れられないし、みんなを私の家に呼ぶわけにはいかないから。だけどなんかそういう過程をちょっとでも見せられたらなって、ずっと思ってたんです。でね、この詩集って、それに近いものかもしれないなって。

──完成する前の状態の面白さが伝わるものとして?

●小谷:そうそう。私は音楽家なので音楽になったときが、最終的な完成の状態だと思うんですけど。そうでありつつも完成に至る過程も見せたいと。詩だけを読んで「どう歌うかなぁ。絶対バラードでしょ?」と思ったり。マイナーなのかメジャーなのか考えてみたり。そういうことを想像しながら読んでもらったら面白いなと。

──裏切られるケースもあるでしょうけど。

●小谷:もちろん裏切られると思いますけど(笑)。そういうとこも楽しんでもらえたらなと思いますね。

──ということは、小谷美紗子的プレゼンテーションとしては妄想たっぷりで読んでもらいたい。

●小谷:そう、そうなんです。「な~んだ、曲がつかなかったのか!」みたいなことも含めて楽しんで欲しいなって思いますね。でもそれは自分にも言えることで、どの詩に曲がつくのか、まだ私にもわからないので。そういう意味では一緒に楽しめるものができたんじゃないかと思います。でもね、曲ができたらすぐ歌っちゃうので。2月からのツアーで歌うことになるかもしれない。それも、私にもまだわからないことですけど(笑)。

小谷美紗子「PARADIGM SHIFT」

◾︎仕様:B6 / 上製本 / オールカラー / 72ページ
◾︎新旧含む 38編収録
◾︎価格:¥3,000(tax in)
https://musicforlife.shop-pro.jp/?pid=138911201
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